近年、認知症の増加や高齢化の進行により、意思決定能力が低下したときに備えた財産の管理方法が注目されています。自分が元気なうちに信頼できる人へ生活や財産管理を任せることができる仕組みとして、多くの人が任意後見契約の利用を検討しています。そこで、本記事では任意後見制度について詳しく解説します。
任意後見制度の概要
万が一の事態に備え、ご自身の意思にもとづいて、あらかじめ財産管理や生活支援を任せる人(任意後見人)と、内容(契約)を定めておくのが、任意後見制度です。たとえるなら、人生のハンドルを自分で握れるうちに、信頼できる副操縦士(任意後見人)を決めておく決まりといえるでしょう。法定後見制度との違い
任意後見制度は、民法の規定にもとづき、本人の意思を最大限尊重することを目的としており、既に意思決定能力が低下した人の保護を主眼とする法定後見制度とは異なります。任意後見制度は、本人が健全な意思決定能力をもつ間に「自分の未来は自分で決める」という自己決定権の尊重を基盤としている点が、制度の根幹をなす違いです。任意後見契約の内容
任意後見制度の対象となる契約を任意後見契約と呼びます。任意後見契約は、将来、本人の意思決定能力が低下した場合に備え、本人(委任者)が、あらかじめ自ら選んだ代理人(任意後見受任者)に対し、本人の生活、療養看護および財産管理に関する事務についての代理権を付与し、代理権を本人の意思決定能力が低下した後に家庭裁判所が選任する任意後見監督人の監督のもとで実行してもらうことを内容とするものです。法定後見制度では家庭裁判所が後見人を選任するため、本人が選ぶことはできませんが、任意後見制度は、本人が元気なうちに、誰に、何を、どのように任せるかを契約で決定できるため、より本人の希望に沿った支援が可能です。
公正証書での契約作成
任意後見契約は、法律で必ず公正証書で作成することが定められています。契約内容が本人の重大な財産や生活に関わるため、契約の存在と内容の確実性を担保するための措置です。公証役場にて公証人の立ち会いのもとで契約を結ぶことで、本人の真の意思にもとづいていることの公的な証明が得られ、後日の紛争を防ぐ役割を果たします。
公正証書が作成されると、公証人の職権により、内容は法務局に任意後見登記され、第三者に対しても契約の存在と任意後見人の代理権の範囲が公示されます。金融機関などとのやり取りにおいて、登記情報が公的な証明として機能するため、公正証書作成は後見業務を円滑に進めるうえで必要なプロセスです。
委任にかかる手続きは一見手間に思えますが、契約の見える化によって信頼性が高まります。
契約効力の発生と任意後見監督人
任意後見契約は締結しても、すぐには効力が発生しません。効力が発生するのは、本人の意思決定能力が不十分になった後、家庭裁判所に申し立てを行い、任意後見監督人が選任された時点からです。監督人が選任されて初めて、任意後見受任者は「任意後見人」という法的権限をもつ立場となり、契約で定められた代理権を行使できるようになります。任意後見監督人は、後見人が適正に業務を行っているかをチェックする見守り役として機能し、本人の生活と財産を二重に守る仕組みとなっているのです。
任意後見制度のメリット
将来の判断能力低下に備え、自分の希望に沿った後見人を選び、生活や財産管理を安心して任せられる制度です。ここでは、任意後見制度のメリットをご紹介します。自分の意思で後見人を選べる
任意後見制度の魅力のひとつは、自分の意思で後見人を選べるという点です。法定後見制度の場合、意思決定能力が低下した後に家庭裁判所が後見人を選任するため、必ずしも本人が希望する人が選ばれるとは限りません。一方で、任意後見契約では、将来に備えて信頼できる家族や専門職に依頼できるため、安心感があるでしょう。契約内容を柔軟に定められる
契約内容を細かく定められることもメリットのひとつです。たとえば「医療や介護の契約だけを任せたい」「不動産の売却は家族と相談して決めてほしい」といったように、後見人の権限範囲を柔軟に設定可能です。まさにオーダーメイド型の支援を設計できる制度といえるでしょう。財産管理の透明性が高まる
任意後見制度を利用することで、財産管理の透明性が高まります。任意後見制度が発動すると、家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、後見人の業務内容をチェックします。第三者のチェックにより、不正やトラブルの防止が可能です。また、本人や家族が安心して生活できるよう、監督人が定期的に報告書を確認し、必要に応じて指導・助言を行います。家族間のトラブル防止
早めの準備によって家族間のトラブルを防げる点も重要です。高齢化にともない、親の財産管理や介護方針をめぐって家族間で意見が対立するケースは少なくありません。任意後見契約をあらかじめ結んでおくことで、誰がどのようにサポートを行うのかが明確になり、後々の紛争防止につながります。柔軟な生活支援が受けられる
任意後見制度を利用すると、介護保険サービスの契約や入院手続きなど、日常生活で必要な手続きをスムーズに進められるため、本人や家族の負担を軽減できます。制度の利用を通じて、自分らしい生活をできる限り維持することが可能になります。任意後見制度のデメリット
任意後見制度は、利用する上でいくつか注意すべき点があります。ここでは代表的なデメリットをご紹介します。契約を結んでもすぐには効力が発生しない
任意後見契約は、本人の意思決定能力が低下し、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した段階で初めて発動します。認知機能の低下が確認されてからなので、元気なうちは後見人が支援を行うことは認められません。もし、意思決定能力の低下前からサポートが必要な場合は「見守り契約」や「財産管理委任契約」といった別の契約を併用する必要があります。契約や発動に費用がかかる
任意後見契約の公正証書は公証役場で作成するため、公証人手数料(数万円程度)が必要です。さらに、任意後見監督人が選任された後は、監督人へ報酬が発生します。管理にかかる費用は長期的に見ると負担になる場合があるでしょう。後見人に不正があるリスク
後見人に不正がある場合のリスクもゼロではありません。監督人がチェックを行う仕組みはありますが、後見人の選任を誤ると、本人の意向が反映されにくくなることも考えられます。たとえば、家の鍵を誰に預けるかを決めるようなものです。信頼関係を築ける相手を慎重に選びましょう。手続きや制度の理解が難しい
任意後見契約の作成には、法的知識や手続きの理解が必要となるため、一般の人にとっては分かりにくい部分が多いのが現実です。契約の際には、専門家(弁護士・司法書士・行政書士など)に相談しながら進めましょう。任意後見制度の手続きの流れ
ここでは、任意後見制度の契約締結から効力発生、監督までの手続きの流れを分かりやすく解説します。任意後見受任者の選定
最初の段階は、ご自身の財産と生活を託す任意後見受任者を誰にするかを選定することです。受任者には、高い倫理観、誠実さ、金銭管理能力が求められます。未成年者や欠格事由に該当しない人物を選び、受任者の選定と並行して、任意後見人に具体的に何を任せたいのか、代理権の範囲を詳細に検討しましょう。預貯金の管理や自宅不動産の管理・売却の可否、介護施設への入所契約、生命保険の見直しなど、具体的な事務の内容を漏れなく明確にしておくことが重要です。
任意後見契約の作成
次に、任意後見契約の効力を担保するため、契約は必ず公正証書で作成しなければなりません。まずは事前に公証人と連絡を取り、作成を依頼し、受任者との間で合意した契約内容の原案を提出して相談を行います。公証人は、契約内容が法的な要件を満たしているか、また、本人が契約を締結する際に十分な意思能力を有しているかを慎重に確認しましょう。契約締結当日は、原則として本人(委任者)と任意後見受任者の双方が公証役場に出頭し、公証人の面前で公正証書の内容を確認した上で、署名・押印を行います。公証人の立ち会いが、本契約が真に本人の意思にもとづいていることの公的な証拠となり、公正証書には、代理権の範囲、任意後見人の報酬、任意後見監督人選任の申し立てを行う旨などが記載されるのです。
任意後見契約の登記
公正証書が作成されると、公証人は法律の規定にもとづき、内容を法務局に任意後見登記する手続きを行います。登記によって、任意後見契約が締結された事実、受任者の氏名、契約内容、代理権の範囲が公的に記録され、誰でも登記事項証明書を取得して確認できるようになります。登記完了後に法務局から交付される登記事項証明書は、後々の家庭裁判所への申立てや金融機関とのやり取りで必要になるため、大切に保管しておきましょう。
任意後見契約の効力発生
任意後見契約の効力は、契約締結後、本人の意思決定能力が実際に不十分な状態になった段階で、家庭裁判所による任意後見監督人選任の審判を経て初めて発生します。申立ての際には、本人の意思決定能力が不十分な状態にあることを証明するために、医師による診断書を提出することが必要です。さらに、申立てには、本人の戸籍謄本、住民票、任意後見契約公正証書の写し、そして前述の登記事項証明書など、多岐にわたる書類を揃える必要があるので注意しましょう。最終的に、申立てを受理した家庭裁判所は、提出された医師の診断書や任意後見契約の内容、受任者の適格性などについて、書類審査や本人との面談を実施して慎重に調査を行います。